上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
この1年来闘病生活を続けてきた親父が、2月末に急死した。
葬儀は、故人の希望通り自宅で行うことにしたのだが。
これが、大変だった。
何故なら、近隣でも自宅葬は、近年まで行われて来たのだがそれらの葬儀の裏方・まとめ役が今回は、喪主となってしまったからだ。
葬式というものには、その地域ごとに段取りというものが有るが?大概が自宅葬の時代ならその段取りも受け継がれてきているのだが。
最近では、家の田舎でも斎場を利用すようになったために、沿う言ったたぐいの人脈は、育たないのだ。
確かに、協力を惜しまない人たちが多いのだが?如何とも支持がなければ動けない人ばかりなのである。
遺族として。縦割り、管理社会もここまで来たかなど訳のわからない事考えている余裕はない。
確かに、葬儀屋に頼んであるのでそれなりのことはしてはくれるが?いかせん。
若い連中のこと、田舎の自宅葬の段取りなんて知ろうはづもなかった。
お陰で、遺族としての接待と段取り。
双方をこなすことになる。
ただこれは、ある意味仕方のない事などで誰も完璧なんて求めては居ない。
なんせ、喪主なんて一生の内に1度か2度しか誰しも経験しないことだから。
しかし、これがうるさ型の親戚筋ともなると厄介だ。
特に、嫁に行って数十年のツワモノ小姑なんか大変。
何かに付。あ〜でもない、、、こ〜でもない、、、
口は、出すが手は、出さない、、、、、、、、、、、、、、、、、
協力してくれる親戚、
足を引っ張る親戚
人それぞれの本性が顕わになる時でもあるのだ。
幸い、親父は、借金しか残して行ったので財産分与問題は、出る由もなかった。
ただ、関係のない本家の墓を見て欲しいと申し入れが有ったが?
親父の骨の納骨を断っておいて、祖父母の遺骨の面倒を見れという本家の申し出に呆れるばかりの親族では、あった。
親戚の爺さんが、これ見よがしに。
「位牌を守れというのなら、田畑家財産を渡す覚悟がないと頼めんな〜」
と叔父の行動に批判表を投じてくれたことには感謝する。
だけど、なんだね。
普段、立派なこと行ってる割には、当家の本家?
実の弟の火葬にも立ち会わずに帰宅して置いて、跡取りの居ない本家に変わり面倒見ろとは、情けない限りだ。
何時の時代も
葬儀というものは、悲しみと利害の絡み合う混沌とした儀式に変わりないのだろうか?
悲しみを演出するなか、裏ではこんな事が行われているのだ。
まさに、人の世の表と裏をまざまざと見せ付けられた。
家のチビが生まれて、早3年半となる。
今の山での生活も5年目だ、、、
人里はなれた山中に居を決めた直後に妊娠が解り、当初2人で廃屋の改修をする予定が、自分一人で行う羽目になった。
妊娠初期は、矢張り心配で、少なくとも安定期までは無理をさせたくない。
何より、43歳での初産というオマケ付だから、、、、、、
旦那としては、慎重にならざる得ない。
幸い、妊娠中毒など指して問題が起きなかったので苦労は、なかったが?山の中の一軒屋に妊婦を一人住まわせる不安は常時付きまとった。
これが、
妊娠中期とも成ると、少し事情が変わってきた。
なんせ、安定期に入ったために。元来ジットしとけない性質の嫁さんのこと?監視人が居ないことをいいことに草刈なんぞ始めた、、、、、
当初は、釜で刈っていたようだが?そのうちエンジン草刈を大きなお腹して使う始末!?
ある日、大事事件がおきる。
案の定!大きなお腹で動きが悪いのに草刈遣っていて2mほどの高さから川に落っこちた!
本人曰く。「お腹が大きくて、足元が見えなかった」だそうな?
一様、産科で診てもらうが何ら異常はないとの事。
ホット一安心。
さすがにこれ以降おとなしくなった。
妊娠後期とも成ると、いろいろとつらいらしい。
一番は、お腹が出てきたことによる腰痛とかだった。
常時、お腹に数キロ重さを抱えて居る訳だから、致し方ないことだ。
毎晩、腰のマッサージの連続。
それも、横向きという不自然な体制による指圧だから生半可な重労働ではない。
それも、深夜突然要求されるから毎日が寝不足だ。
しかし、余り苦に感じなかったのは?生まれてくる子供に対しての愛情か?はたまた?嫁さんへの愛情か?
この時期になると、大きくなったお腹の圧迫により逆流性胃炎を起こすようになった。
これが一番厄介で、食欲までなくすから始末が悪い。
当初は、牛乳などで対策したが間に合わない。
困った末、医師に相談すると、、、「ええ良くあることです、良い薬がありますから処方しときますね」
緑色の気味の悪い液体だかこれが効果があり助かった。
早くから、医師に相談すべきだったね。
妊娠というと旦那は、なんだか大変なことばかりのようだが?(もちろん嫁さんも大変)それら全てが苦にならない、寧ろ”生きがい”のような気さえする。
ま〜これは、40代になって妊娠・出産という高齢がそうさせるのかも知れない。
ちなみに、これ以降何事もなく自然に囲まれた環境が良かったのか予定道理出産した。
産院始まって以来の高齢初産であり、陣痛開始より30分という超安産であったことを付け加えておこう。
この仕事を、20以上も続けていると同年輩とか当時若かったお客さんなども結構年食ってくる。
そこで、最近良く相談されるのが
薄毛の相談だ。
白髪とかなら最近の染料は質が良いから早々気にも留めないが。
事、
薄毛ともナルトそうは、いかない。
経験的に、薄くなり始めてから10〜15年は大体持つようだ。
ただ、ある時点を過ぎると加速度的に進行するようだから気になり始めたとき対策を行うと行わないとては加速の度合いが違ってくるようだね。
もちろん、あまり気にならない人でも、もともと毛母を健康にして発毛・増毛するから下手なリンスとかトリートメントするよか良いかもしれない。本来の張りとか艶が保てるし白髪の予防効果も期待できるみたいだ。(こういう意味から、女性に勧めることができるが製品によってはホルモン剤を使用した製品もあるので注意したい。)
毎月、数百人の頭髪をみている、床屋の親父としては。
親族に
薄毛の人がいるばあい抜ける前から対策を行うことを進めるね。
実感しにくいことかも知れないが、5年10年先を考えると、たとえば現在
薄毛の人が5年先に対策をしたかしないかで禿てしまうか現状維持かの違い出るのを多数見てきている。
ただ、きちんとした対策を取らないと。
頭皮を叩き続けて、毛穴から血液が滲み出てきたのを発毛と勘違いしたり。
育毛剤の効能をなくしたくがない為に、洗髪もしないで次から次えと育毛剤を塗りたくり炎症を起こしている人など。
間違った対策を取る人もおおくいる。
あと、円形脱毛症など一過性の症状に聞いたから発毛効果があるとうたっている製品があるがこれらは、症状が改善されたら勝手に生えてくるから育毛効果は差ほど関係ない。
ちなみに、皮膚科に行って治療することで完治可能だ。
夢のない父ちゃんは、不幸である。
大なり小なり夢がないと家族を養うためだけの仕事ほど辛いものはない。
さながら生き地獄となるだろう。
おそらく、不景気のこの時代大半のお父さんはそうかもしれない。
ご多分に漏れず、自分も該当するのかもしれない。
金持ち父さんになって趣味と夢に生きたいものなのだが、それを実現するには切捨てなければならない物があることを自分は、知っている。
それは、家族なのである。
切り捨てるといっても100%切り捨てるというのではなく家族に振る向けている労力の大半を其方に振り向けないと完成できないのだ。
それが、れが実現できて初めて
金持ち父さんえの道が開ける。
少なくとも自分に関しては、それが該当すると断言してよい。
キャッシュフローゲームでも分かるように、手持ちのカードとか遣りたいこととそれに向かうには何が必要かを知る必要があるが自分にはそれが明確なのだ。しかし、それを行うタイミングがまだ来ないのだ。
いや、多少のタイミングは、合ったのだが妻子、父母を養うという日常に期を逸したのも事実だ。
己の裁量もあるのだろうが少なくとも、自分が目指す世界に住む人たちはそのような足かせを捨ててきているのは事実である。
それを回避できるのは、父母の自立と嫁さんが同じ人種で有るという必要があるようだ。
なんにしても、
金持ち父さんになるための道筋はあるのだが、それには、嫁さんの
女性 自立が不可欠なのだ。
これは、いろんな意味があるが、経済的自立と精神的自立その双方の手助けがある程度ないと嫁さんと自分の目指す夢は実現できない。
目指す夢とは、お金が沢山あるのが夢じゃない。
自活する幸福を得るための夢であるが、それには、矢張りお金がないと実現できないんだよね。
夢を実現すれば、お金も付いてくる。
其の手段も知識も人もほぼそろっている。
あとは、場所なのだがそれが一番容易であり困難でもある。
やっとこさ、プログなど更新する暇と気力が出てきた。
年末の忙しさ、か縁遠くなり、年明けから親父の入院騒動に続き、PC昇天という合いつぐトラブル
結局半年近く間が開くことになった。
1年前から、癌治療に専念してきた親父だったが、年明けから入院して其のまま帰えってくることはなかった。
世間じゃ2代目は、駄目なものと決め付けているから楽なものだ。
ただ、其の偏見が結果を正しく評価できないようだね。世間様は!
特に、技術職である、理容業ともなると尚更。
下手、上手関係ない。
二代目は、甘えが有るから腕が悪い。
これが、一般的な思考なんだろうね。
正直、当家では10年ほど前から、逆転というか技術的なものは、別次元なのだ。
親父の技術から得るものは、すでになく事実上の店主は、自分であった。
業務から維持管理まですべてだ。
そのため、代替わりしたからとなんら苦にすべき点は、存在しない。
むしろ、一人の思考店作りができる分自由度が増したといえる。
事実、死去に伴う悲しみより、縛より開放されたかのような自由感の方が正直勝っている。
世代を託すと言う意味では、理想的な代替わりかもしれないね。
今に、なって解る。
頼っていたのは、親であり子ではなかったのだ。
つまり、親が精神的自立ができていなかったのだ。
案外世間様も同じかもしれないね、子供が自立できないではなく、自立して離れて行くことを恐れる親も多いと言う事。
親に対して、恨みはないが依存という形で利用されてきたという事実は、払拭しがたい。
なぜなら、経費の公平負担といいながら事実上一方的に負担させられ、己らは、仕事をそこそこに遊びに出かける。
保険すら加入しておらず全ての負担が事実上押し付けられたこと。
どうやら、家族という集団は、理不尽な要求を正当化してしてしまうようだ。
そう言えば、葬式でも一番非常識な行動をとったの身内だった。
最近、親族という組織が自立したものにとって如何に足かせになっているのか嫌というほど体験した。
助け合うという目的より、利用しあう。
こんな傾向が強いのだ、なんとも努力のしがいのない時代になったのだろうか。
嫁さん流に言えば、「それを許した、己にも罪が有る」と言うだろう。
確かに沿うかもしれないね。
しかし、これからは「権限は無いけど責任だけは有る」
という理不尽きわまりない状態から脱したのだけは確かだ。
度量が問われる所だね。
次のページ